+秋に繋がる約束を+
いつも静の相談や質問に答えることが多い柳にとって、駅までの帰り道は貴重な情報収集の場だった。
もちろん彼女と話すことは嫌でないけれど、普段データを取る側の自分が受身になるのは少々居心地の悪さを感じずにはいられない。
「そういえば、前から聞きたかったのだが」
そう前置きをして、柳はかなり前から抱いていた疑問を投げかけた。
「お前は何か実行委員をしたことはないか?そうだな……海原祭か、体育祭あたりだろうか」
「あ、はい。去年、海原祭の実行委員をしましたけど、どうしてわかったんですか?」
「お前の働きぶりを見ていると、どうもこういう役目が初めてのようには感じられなくてな。以前に何かしていたのではないかと思ったんだ」
予想通りだったなと、柳は微笑んだ。
それは自分の観察力が新たなデータに繋がったことへの喜びではない。彼女のデータが増えたことが嬉しいと思わせる何かが、生まれている事を示すもの。
少し前から柳はそうした自分の変化に気づいていたが、幼馴染の助言もあり、今はむやみにこの感情を否定することはやめた。
その分、少しだけ注意して彼女を見るようにしている。今もまた、笑う彼女に何かが動く。
「今回の運営委員もそうなんですけど、帰宅部だからってことで選ばれちゃったんですよ」
「立海は帰宅部の人間が少ないからな。どうしても選出される面子は決まってくる」
「そうみたいですね。だから今年の立海祭の実行委員ももしかすると、って思います」
「ああ、その読みは悪くない。おそらくそうなるだろう」
実行委員などの役職に選ばれやすい人間は大きく分けて二種類。
一つは比較的時間が自由になる帰宅部であること。もう一つは本人にはどうしようもない、いわゆる「優等生タイプ」「委員長タイプ」と言われる人間性からくるものだ。
彼女はその両方を満たしてしまっているのだから、柳としても否定する材料が見つからない。
「やっぱりそうですか。柳先輩が言うんですから確実ですね」
柳の肯定に静は少し顔をしかめた。貰って嬉しい類の肯定ではなかったらしい。
「嫌か?」
「嫌とまではいきませんけど、苦手ですね。今から緊張しちゃいます」
「何も緊張しなくてもいいと思うが。海原祭は大変だからか?」
静の返事は予想外で、柳は聞き返してしまった。
すると静は「いえ、違うんです!」と柳の言葉を力いっぱい否定し、説明し始めた。
「海原祭って高等部や大学部の人とも折衝することがあるんですけど、去年一人で高等部を歩いていたらじろじろ見られるし、『中等部の子だよね、何の用?』って声掛けられるし、すごく居心地悪かったんですよ」
「ふむ……なるほど」
力説に少々気圧されつつも、柳は静の言う状況を想像する。
高等部の敷地内で中等部の制服は目立つから視線を集めるだろう。確かに居心地は悪いかもしれない。
しかし気になるのは声を掛けられるという部分だ。それはもしかするとナンパされているのではないか。だとすると問題かもしれない。
「柳先輩?」
「あ、ああ」
静の声に意識が引き戻された。
隣で訝しげな瞳が柳を見上げている。その視線が向かうのは額の辺りだろうか。
「なんだか眉間に皺が寄ってますけど、どうかしたんですか?」
「いや、なんでもない……それで海原祭のことだが」
「あ、はい」
「中等部から出る用事があれば声をかけてくれ。俺が一緒に行こう」
言ってもいいものかと一瞬迷ったが、言葉はするりと零れ落ちた。
そんな事を言えば彼女はどう反応するかなどと予測している間もなくて、柳は自分の言葉に若干の後悔さえ覚えた。
言われた静は驚いているようだが、何に驚いているのかまではわからない。柳は平静を装って補足を試みる。
「俺も海原祭の実行委員に選ばれる確率が高いからな」
「でも先輩はテニス部が忙しいんじゃ……って、あ、そうか。秋にはもう引退してるんですね」
「そういうことだ」
飲み込みのいい彼女はあっさり納得した。
「秋はまた、よろしく頼むぞ」
「はい!」
元気のいい返事をもらって、データではない何かがまた一つ積もる。
一緒に行こう、の返事はまだもらえていないが、そう急ぐことはないだろう。答えを出すにはまだ少し早い気がするのだ。
駅までの時間が短いと、みんなが口をそろえて言う帰り道。
どんな会話をしたんだろうと思っていたら、まずは柳さんでこんな話が出来上がりました。
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