+昼休みの決壊+




 午後一時を少し過ぎていたけれど、静は昼食を摂るために会議室のドアを開けた。
 てっきり模擬店の準備で誰もいないと思っていたのだが、予想に反して誰かがいる。

「あ、仁王先輩」
「おう、運営委員。お前さんも今から昼飯か?」
「はい。午前中の会議が予定より押しちゃったんです」

 そう言いながら静は会議室に預けていた鞄から弁当箱を取り出したが、ふと仁王の言葉を反芻して聞き返した。

「お前さんも……ってことは、先輩もまだなんですか?」
「ああ。練習がてら打ち合いをしとったらこんな時間になってしまっての。おかげでビンゴ組は予定が狂っちまったな」
「そうなんですか。それじゃ皆さん今からお昼なんですね」
「まあな。そやから、お前さんも来んしゃい」
「え?」

 仁王の言っている意味がわからず、静は座ろうとしていた動きを止めた。
 来んしゃいということは今からどこかへ着いて来いと言っているのだろうが、一体どこへ行くというのだろう。
 静の困惑をよそに、仁王は自分の財布をお手玉している。
 
「食堂にみんなおるから、お前さんも一緒に来るとええ」
「でも皆さん一緒なんですよね。お邪魔じゃないですか?」
「遠慮しなさんな。ちょうどいい機会じゃろ。もし来たら……」

 仁王が意味ありげに声を潜めるものだから、静も思わず釣り込まれる。

「来たら、なんですか?」
「真田が話に乗ってくるかもしれんぞ」

 声を潜めたまま仁王は立海テニス部の副部長の名前を出した。
 仁王のその言葉に、静は自信がなさそうに笑う。

「今日もいいお天気ですね、くらいしか話題が思いつきません」

 学園祭の準備が始まってまだ3日だから仕方ないとはいえ、真田弦一郎とは連絡事項でしか話したことがない。
 別に静はテニス部のファンではないから、必要以上にべたべたお近付きになりたいなんて考えていないが、せめてもう少し意思の疎通を図れた方が学園祭の準備もしやすいだろうに。
 真田以外のテニス部員とはなんとかなってきたからこそ、余計にそう思う。
 
「あいつの態度なら気にせんでもええ。世間話と無駄話の区別がついちょらんだけよ」
「そう言われると、わからなくもないですけど」

 学園祭と関係ないこと、いや、あっても必要以上のことを話そうとすれば「たるんどる」の一喝を浴びるのはそういうことか。
 これまでのやりとりを思い返してみれば、そうかもしれない。

「じゃあ、学園祭の準備中は”無駄話”で、休憩時間だと”世間話”になるんですか」
「と、思うぞ」
「それなら、遠慮なく」
「おう、そんじゃ行くか。面白いもんが見れるから楽しみにしときんしゃい」
「面白いもの?」
「真田の弁当はな、三段の重箱なんじゃ。それからお茶の代わりにプロテイン」
「そ、そうなんですか」

 仁王の言が冗談なのか本当なのかわからず、静は中途半端な笑いを浮かべるしかなかった。
 もちろん、「あの真田先輩ならありえる」との思いが根底にあるからなのだが。

「お前さん、面白いの」
 
 すっかり仁王のおもちゃにされてるなあと溜息をつきながら静が食堂のドアを開けると、ちょうどドアの方を向いて座っていた真田と目が合った。
 いきなりの強敵のお出ましに動揺した静は思わず、これといった話題も無いのに「真田先輩」と呼びかけてしまう。

「なんだ」
「あ、そのですね」
「はっきり言わんか」
「あの……プロテインって美味しいですか」
「いきなり何だ?」

 ついさっき聞いたばかりとはいえ苦し紛れの話題がそれで、思い切り眉を顰めた真田の声に仁王の爆笑が重なった。
 
「……ほう、お前が何か言ったようだな、仁王」
「いやいや、俺は何も知らんぜよ」

 そう言いながらもまだ笑っている仁王を真田は睨みつける。
 自分から矛先が逸れたので安心しながらも、そろそろ例の「たるんどる」が出ると思った静は横を向いて耳に手をあてた。


 結局この日の真田はコンビニで買ったおにぎりとお茶で済ませたので、重箱+プロテインの真相は謎のまま。
 後日めでたく”無駄話”から”世間話”に昇格した静は、大真面目に質問して真田に怒られたのである。





 三段の重箱+プロテインは冗談で書きましたが、真田ならやりかねないと思ってます。
 最初は真田×静に持って行こうとしていたんですが、ものすごい勢いで脱線してくれたので諦めました(笑)


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