+じゅんさい+
グリンピースが嫌いだという友達がいた。彼女に言わせれば青臭くて苦いのだそうだ。後味まで全部嫌なのだと。
コロンと丸くて、皮を剥けばつるりとした舌触りに歯ごたえ……。
どちらかというとグリンピースが好きな望美はそれを聞いて、好き嫌いって不思議だなあと思った。
だから記憶に残っていた。強いクセの持ち主として。
どうして今そんな事を思い出したのか。
望美は苦笑して足元にじゃれつく猫を撫ぜた。
「最後は星月夜の井ですね。気味の悪いものが水面に映る……でしたっけ」
「うーん、一体何が映るんだろうね。昼間でも薄暗いから、気味の悪いことが起こっても不思議じゃない場所ではあるんだけど」
平家の企みを阻止するために、鎌倉の異変が起こっている場所を巡っている。
つい先ほどはここ、隠れ里稲荷の怪異を解決したところだった。
とりあえず二つ目もクリアし、今のところは順調だ。景時の隣で望美は大きく伸びをした。
「でも闇雲に歩き回らなくて済みそうで良かったですね。景時さんのお母さんに大感謝です」
「大感謝は大げさだけど、助かったよね。でなきゃほんとに鎌倉中を歩き回る羽目になってただろうし。こういうとき、真面目に陰陽道の修行しておけば良かったって思うよ」
「陰陽道の修行?何か便利な術があるんですか?」
「うん、かなり難しい術なんだけど、そこらの鳥や犬や猫の身体を借りて自由に動かしたりできるんだよ。そういうのをあっちこっちに走らせたら便利でしょ?」
そう言いながら、ごめんねーと、景時は肩を落とした。
「オレにはできないから夢みたいな話でさ。動きの遅い式神がやっとなんだ」
「そんなことを言ったら、さっきのサンショウウオが怒っちゃいますよ。せっかく人形を見つけてくれたのに」
「あれは譲くんが池の底って言ってくれたからね。おかげですぐ見つかったし」
「え?いや俺は何もしていませんよ」
謙虚というべきなのか、景時は人からの賛辞を受け取らないところがあるのかもしれない。
さっきまで居合わせた僧侶や、今、譲に謙遜している姿を、一歩離れた場所から望美は眺めていた。
確かに本人が言ったみたいに、生身の動物を使役したり、スピードのある式神を扱う力はないのかもしれないけれど。
でも池を調べるのに適した式神を扱えて、結果もきっちり出しているのに、と望美は思ってしまう。それのどこがいけないのと。
どうしてそんなに隠そうとするの。隠れようとするの。
なんだか望美の方が歯がゆくて悔しくなってくる。
「……あれ、どこから来たの?」
稲荷の陰からでっぷりとした猫が姿を現した。この世界の鎌倉には猫が多いような気がする。
そういえば景時がさっき、猫がどうのと言っていた。望美はしゃがんでその頭を撫ぜた。
「もしかして、あなたを使役できる力もあるんじゃないかな」
本人が気付いていなかったり、その気がないだけで、もしかしたら。
梶原景時は鎌倉殿の信任厚く、歌舞音曲に秀でただけでなく、陰陽道も究めた素晴らしい人だ、って噂されていたと思う。
でも望美が知っているのはそれだけじゃない。そんなことを鼻にもかけない気さくで気配り上手なオトナの人。
なのに本人の自己評価だけが極端に低いような気がする。……朔の評価も、かもしれないけれど。
この人はグリンピースみたいなもの。そんな事をふと思う。
陽気さや人当たりの良さに取り繕われた笑顔の裏はとても深い。分かる人にだけ分かるクセや影が見え隠れする。
「どう思う?どれが本当かわからない人だよね」
知りたいと思っても、でもたぶんグリンピースの皮を剥くようにはいかないだろう。
きっと幾重にも隠されていて、容易に芯には届かない気がする。
「望美、そろそろ行くぞ」
「あ、ごめんなさい。すぐ行きます」
九郎の呼びかけにはっとする。いつの間にか無心に猫と遊んでしまった。
猫にバイバイと手を振って、次の怪異に向かうみんなを追いかけた。
「――今日もお見事でしたね、望美さん」
「うん、怨霊や呪詛が浄化されるのって、見ていて心が洗われるよね。なんだかこっちまで綺麗になれるっていうかさ」
「おや景時、そんなに君の心は汚れているんですか?聞き捨てならないですよ」
「や、やだなー人聞きの悪い。オレはごく普通の感想を言ったつもりなんだけど」
数歩先で軽口を叩く背中を眺めた。今の会話にも含みがたくさんあるのかもしれない。
それを全部知りたいと思うのはどうしてだろう。
自分の気持ちを確かめるように、望美は小さく呼んだ。
「かげときさん」
舌に乗せたお味は?
響きは?
苦くない。ただ、ぎゅっと苦しい。
タイトルの「じゅんさい」は植物の蓴菜のことです。
以前「じゅんさいのような」という言い回しがあると人から教えられたのですが、このSSのタイトルを
考えている際にふとそれを思い出しました。
グリンピースとは食べ物繋がりだし、深く考えず即決w言い回しの意味は……まあ、あまり良くないですよね。
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