+気の合う言葉+


 
(もうちょっと売値を抑えたいけど、原価を下回っちゃだめなのよね。……でもあんこと葛は上物を使用、と)

 意外と材料費が高くついている。
 学園祭の模擬店として妥当な値段に抑えるには何を削ればいいのか。

「えーっと……」
「砂糖を減らすのも手だぞ」
「あ、柳先輩」

 誰も居ない会議室で、「値段表」とだけ書いた余白の残るノートと格闘中。
 思わず独り言をぶつぶつと言っていると、的確な助言が差し出される。落ち着いた優しい声はテニス部の頭脳、柳蓮二。 
 
「良かった。ちょうどアドバイスいただけたらと思ってたんです」
「そうか。そろそろ聞かれる頃合だと思ってな」
「データ通り、ですか?」
「ああ」

 少し微笑んで、リストバンドを付けた手が材料の価格表を取り上げた。

「ふむ……。やはり砂糖だな。甘さ控えめの商品に作っておけば、女性客の増加も見込める」
「はい、いいアイデアだと思います。あとは、」
「ランクを下げるのは許せて一段階だけだな。安い砂糖を使うと、後味の悪い甘さになってしまう」
「そうですね」
「ああそれと、生クリームは別のメーカーを検討してもいいかもしれないな」
「はい」

 話がぽんぽんと進む。いつもながら、こちらの言葉を先の先まで読んでいる人だ。
 本人に言わせれば「読む」ではなくて「類推する」らしいけれど、その結果が外れたことはないのだからやっぱり「読む」でいいんじゃないかと思ってしまう。
 一を聞いて十を知る、当意即妙、臨機応変、あとはなんだろう。目から鼻に抜ける……も?

「どうかしたか?」
「あ、いえ。すみません」

 思わず考え込んでいたらしい。この人にぴったりな言葉はなんだろう、と。
 先輩が少し困ったような顔でこちらを見ている。困るということは、こちらのこういう態度は予想外だということ。
 何でもわかったような顔をする先輩でもわからないことがまだあって、少し嬉しい。なんだか、先輩が同じフィールドに居るみたいな気分になる。
 
「その……先輩に似合う言葉は何かと思ってたんです」
「言葉?」
「えっと、先輩と話してると言葉が少なくて済むんですよね。こちらの言いたいこと、察してもらえますし」
「ふむ。それで?」
「そういう頭の回転の早い人を、上手く表現した言葉がなかったかなあ、なんて。……って、笑わなくてもいいじゃないですか」
 
 なぜか途中から、先輩の肩が震えてる。

「……いや、面白い事を言うと思ってな」
「私、そんなに変なこと言ったつもりもありませんけど」
「ああ、発言自体はおかしくない」

 じゃあどうしてそんなに笑うのか。思わずじと目で見上げると、先輩の笑いがようやく収まった。

「いや、すまない。俺も同じことを考えたものだから」
「同じこと?」
「つまり、俺はお前にどんな言葉が似合うかと考えていたんだ。気が合うな」
「そ、そうですね」

 思考回路が先輩と似ていることになるのだろうか。それとも、気が合うのか。
 それで、この人は私をどう評価してくれたのだろう。

「それでその、私はどんな言葉なんですか?」
「ああ、お前は”当意即妙”だな」

 ああ、同じだ。私がこの人を評したのと同じ言葉。偶然なのか気が合うのか、もし後者だったら嬉しい。

「それでお前は?」
「え?」
「俺に似合う言葉は見つかったか?」
「あ、えっとその」

 どうしよう。同じですといったら何て言うだろう。
 また気が合うと言ってもらえるのか、それともボキャブラリーが貧困だと思われるのか、ちょっと怖い二択かもしれない。 

「……秘密、です」
「ふむ、予想外の答えだな」
 
 予想外と言う時、先輩の声はどこか楽しげになる。
 新しいデータが取れた事を喜んでいるのか、素顔の先輩が顔を出すのかはわからないけれど。
 こういう何気ない会話が嬉しくて楽しくて大好きだということまでは、どうか先輩のデータに取られていませんように。





 いや、学園祭の模擬店にしては、どの学校も素材にこだわっていたなと。原価計算まで中学生がしたのか?と。
 言葉少なく、でもきっちり物事を決めていく息の合う二人って大好きです。


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