+炎様の命題+
王立研究院は今日も忙しそうに人々が走り回っている。
二つの大陸から目を離せないため、研究員たちは気を抜けない毎日が続いているようだ。
「ごきげんよう、パスハ」
「これはリュミエール様」
丁寧に頭を下げるパスハに微笑みかけながら、リュミエールは育成の間に向かおうとしたところを止められる。
「ただいまオスカー様が育成中でいらっしゃいますので、少々お待ち願えますか」
「先客がいらしたのですね」
「はい。オリヴィエ様もあちらでお待ちになっています」
「オリヴィエも?」
近ごろ女王候補たちはサクリアの使い方を工夫し始めたようで、王立研究院での守護聖の鉢合わせは珍しくない。
だが三人が同時というのは初めてで、リュミエールは少々面食らった。
「どうぞこちらへ、リュミエール様」
「ありがとう。――ごきげんよう、オリヴィエ」
「いらっしゃい、あんたも育成?」
「ええ。女王候補は頑張っているようですね」
「そろそろサクリアの加減を覚え始めたのかな。頼もしくなってきたじゃない」
パスハは席を外しており、二人の守護聖は忌憚なく意見を交わす。
だんだんと話は女王試験や宇宙の本質に関わる方向へと流れていった。
「この異例の試験内容には、一体どのような意味があるのでしょう……」
「私たちも詳細はわからないまま指示に従うだけなんて、もどかしいよね」
「サクリアを送り女王候補の助けとなる。それ以外に何かできることはないのでしょうか」
「こればっかりは、ねえ」
以前から似たような会話は何度かあったが、知らないことが多すぎる以上、結論は出ない。
今日も堂々巡りになりかけていたところに、奥の間からオスカーが出てきた。
「ようリュミエール、お前も育成か。待たせたな」
「オスカー、育成は終わりましたか」
「ああ。――なんだ、二人とも難しい顔をして」
陽気なオリヴィエと温和なリュミエールがそろって深刻な顔をしていたので、オスカーは不思議に思う。
「女王試験について話していたのですよ。私たちにもっとできることはないのかと」
「深刻だな。例えば?」
「それを話してたとこ。でもねえ……私は女王候補の、メンタル面のケアくらいしか思いつかないよ」
オリヴィエの案に、その辺りが無難だろうとオスカーも思った。
謎が多い女王試験、現在知らされている情報の中で出来ることは本当に限られているのだ。
「お嬢ちゃんたちの気晴らしなら、休日は遊ぶに限るだろうな」
「パーティーでも開くのですか?」
「パーティーにエスコートも悪くないな。だが俺なら公園でも湖でも馬での遠乗りでも、お嬢ちゃんの望みならどんなデートコースも叶えるぜ」
気晴らしにはデートと言い出した男を見て、オリヴィエとリュミエールは口々に非難し始めた。
「オスカー、あんたそれって逆効果だよ」
「数多の女性では足りず、女王候補まで泣かせるつもりですか」
「なっ……」
「あんたが一番しなきゃならないのは、脱・女遊びでしょうが」
「女性を傷つける行為は慎んだ方がよろしいですよ」
「お前達は何を言ってるんだ!」
二人を遮って、「わかっていないな」とオスカーは熱弁を振るい始めた。
「この宇宙を統べるのは女王陛下……いいか、女性とはそれだけ崇高なんだ。その存在に敬虔で神聖な心を寄せて何が悪い」
「いえ……そんな、悪いなどとは」
その熱い口調にリュミエールも素直に賛同する。
が、そうだろう!と身を乗り出すオスカーに、にっこり微笑んでリュミエールは言った。
「ええ。それだけ崇高な存在なのですから、不用意に触れたりはせず、心を遣るだけの方がなお良いでしょうね」
「………………………」
オリヴィエが笑い転げている。リュミエールは微笑んだままだ。
悔しいことに反論の言葉が思いつかず、オスカーはため息をついて「参った」と両手を上げた。
「……アンタは何でも”女性”って、一括りにするのが悪いんだよ」
「すべての女性の恋人であろうとするのはいただけませんね」
やがて、どうにか笑いやんだオリヴィエが少し息切れをしながら言い出した。
リュミエールも相変わらず敵に回るものだからもう、オスカーの旗色は悪すぎる。
沈黙を守るオスカーに近付くと、二人はわざとらしい笑顔で、それぞれオスカーの肩に手を乗せた。
「宇宙が滅んでも、でしたよね」
「宇宙が滅んでも、なんだってね」
――こいつら、どうしてやろうか。
殴ってやりたいが、二人同時には無理そうだ。どっちを先にしよう。
そんなことを思っていると、二人はオスカーの肩をぽんと叩いてさらに言い募る。
「そういう相手になら、心を捧げるのも悪くないと思うよ。危険な思考だと思うけどさ」
「そういう方になら、心を寄せても良いでしょう。思考は危険だと思いますけれど」
「……お前ら、いい加減にしろよ」
オスカーが声を荒げると、二人はぱっと離れた。
「さあて、そろそろお仕事しに行こっか、リュミエール」
「ええ、頼まれた育成がまだですからね」
「おい――」
「アンジェリーク」
唐突なリュミエールの声に、オスカーは思わず振り返る。
そこには大陸を視察に行った帰りらしく、バインダーと本を手にした金の髪の女王候補が立っていた。
バインダーは見るたびに厚さを増しているようで、彼女の真剣に取り組む姿勢がうかがわれるように思う。
「今、お帰りですか?」
「はい。皆さまおそろいで、なんだか楽しそうですね」
「うん、すごく楽しかったんだよ。オスカーがねぇ」
「オスカー様?」
「オリヴィエ!!」
アンジェリークの声にオスカーの制止が重なった。
その慌てぶりに満足したのか、オリヴィエは先ほどと同じわざとらしい笑顔になると、
「オスカーがね、あんたを寮まで送るって言って待ってたんだよ」
この男が珍しいこともあるもんだよねと言って、リュミエールに振った。振られた方は柔和な笑顔を女王候補に向ける。
「ええ、あなたの頑張る姿に感心しているようなのです。寮までの荷物持ちにでもいかがですか?」
「荷物持ちって、オスカー様をですか!?」
「…………ああ、そうさせてもらえると光栄だな。俺に任せてくれ、お嬢ちゃん」
反論する気も失せ、オスカーはアンジェリークの手から荷物を取り上げた。
リュミエールとオリヴィエに組まれると、とても敵わない。
いや勝てないことはないのだろうが、この女王候補という弱みがある場合は無理だ。
とんだ弱みを握られてしまったものだと思うが、弱みを作ってしまったこと自体に後悔はない。
同僚に見送られて王立研究院を後にしようとしたところで、「オスカー」と声をかけられる。
「……なんだ」
「滅んでも、って思ってるんだ?」
オリヴィエはからかっている様子ではなかった。だからオスカーもはぐらかすのはやめた。
「当然だろう」
「そっか。じゃ、ま、気をつけて」
「ああ、またな」
手を振る二人に、隣でアンジェリークがぺこりと頭を下げた。
遠くから心を遣るべき存在と、近くで心を寄せたい存在。この少女がどちらに属するかなど、わかりきっている。
この少女は手の届く存在であってほしい。心を寄せたい。手折りたい。
彼女を奪うことで宇宙が滅んでも、本当に自分は後悔しないかもしれない。
危険だろうが重症だろうが、もう手遅れのようだ。
我が友人の凌ちゃんが「中堅組の友情ものが読みたい」と言っていたので、練ってみたものです。
三人だとどんな会話をするんだろうと考えていたら、オスカー様がいじめられている図しか浮かびませんでした(合掌)
宇宙が滅んでも、っていうのはあのコミックネタ。タイトルはノリなので追及しないで下さい。
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