「エルンスト、今日が何の日か知ってる?」
「ええ。あなたの誕生日でしたね」

 こともなげに言い当てられ、レイチェルは意外そうに目を見開いた。

「覚えてたの?」
「以前、私とロキシーにプレゼントをねだったことがあったでしょう」

 言われてみればそんなこともあったかもしれない。
 あれは王立研究院に入ってすぐの話だから、彼にとっては何年も前のこと。
 そんなことを覚えていてくれたのだと思うと、それだけで嬉しかった。

「それで、今年は?ケーキでもご馳走しましょうか」 
「ワタシも17歳になるんだから、ねだったりしないよ!」
「え?」

 エルンストは小さく声を上げたが、すぐに自分の勘違いに気づいて苦笑した。

「すっかり失念していました。そういえば今度17歳でしたね」
「もうエルンスト、ちゃんと脳内データの管理もしておかないと、サビ付くよ?」

 レイチェルはいつものノリで軽口を叩いてみたが、”錆付くような暇はありません”などという答えは返ってこなかった。
 代わりに、レイチェルがうろたえるほど優しい微笑が。
 普段は少し嫌味っぽく見えるレンズの奥の瞳も、間違いなく微笑んでいる。
 
「……エルンスト?」

 当惑するレイチェルに名を呼ばれ、エルンストははっとして眼鏡に手をやった。

「あ、いえ。何でもありませんよ。あなたと再び、同じ時を歩めるとは思わなかったものですから、嬉しくて」
「ワタシも嬉しいけど……エルンスト、一緒に歳をとれるのが嬉しいなんて、ちょっとオジイサンみたいなセリフだよ」

 そのつもりがあるのかないのか、エルンストの言葉は甘い。不用意なほどに。
 動揺したレイチェルは彼の言葉をまぜっかえしてしまう。

「あなたとまた三歳離れてしまいましたからね」

 意外とエルンストはそのことを気にしているらしく、話題を逸らせようと早口でまくし立てた。

「――先ほどの話に戻りますが、本当に何もいらないのですか?」
「いいよ、言葉だけで十分。アナタからまた聞けるなんて、ワタシも思ってなかったし」

 プレゼントを用意されていたら、それはそれで嬉しかったと思う。
 けれどどんな品物も、何度でも口に出来る簡単な言葉にはかなわない。
 それは彼だけが与えることのできる、形のないものだから。

「誕生日おめでとうございます」

 先ほど見せた微笑で、エルンストがささやいた。
 また彼にそう言ってもらえるなんて、彼と同じ時を歩めるなんて、数ヶ月前には思いもしなかった。
 できれば来年もその次も――いつか互いの役目が終わっても、一緒に歩いて行けたら嬉しい。





 とある方のお誕生日に差し上げたものです。
 三年ぶりのアンジェ小説(もとい、三国志以外の小説)でしたが、快く受け取って下さってありがとうございました!


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