いつも傍に (九郎×望美)


「さっき、チンギス……某と言っていたな。人の名だったのか?」
「うん、そうみたい」
「みたい、というのは何なんだ」

 九郎が日本を離れて大陸に行くと言った時、将臣が賛同しながら「チンギス・ハン伝説か。おもしれぇ」と笑った。
 望美もそういえば聞いたことある名前かも、程度だったからついさっき譲に教えてもらったところだ。
   
「私の世界にそういう人がいて、源義経が平泉から逃れた後に名乗った名前だ、って伝説があるんだって」
「伝説ということは真偽の程はわかっていないのか」
「って譲くんは言ってたけど。大陸で王様になった人と同じかもしれないなんてすごいね、九郎さん」
「……俺は国を作る気なんてないぞ。そんな伝説ができるなど、お前の世界の俺は面白い男だったんだな」
「そうみたいですね」
 
 
『でもいわゆる生存説が生まれるということは、それほど悲劇的な死に方をしたということですから。
 この世界の九郎さんはそうじゃなくて良かったですよね』

 声を潜めて続けた譲の言葉が耳に残る。
 でもまだ日本を脱するまで安心できない。そう二人で話し合ったところだ。


「――考えてみれば俺はお前のことを何も知らないんだな」
「九郎さん?」

 急に何を言い出すのかと望美は驚いたが、九郎は穏やかに話を続ける。
 
「太刀筋を見れば心映えはわかるが、それだけだ。時折お前たちが話す『戦いのない世界』が俺には思いもつかない。きっと平和なんだろう」
「でも私たちの世界にも変な人や凶悪犯はたくさんいますよ。ここと違って戦いがない分、夢もなくて身勝手な人は多いかもしれません」
「そうなのか?お前たちは三人とも清々しい心根をしているぞ。良い場所で生まれ育ったからだと思うが」
「一緒ですよ。この世界にも――平家にだって敦盛さんや経正さん、忠渡さんみたいな人たちがいたじゃないですか」
「まあ……そうだが」
「それに、九郎さんみたいな真っ直ぐな人がいる」

 なんだか急に想いが止まらなくなった。
 そう、この世界にしか、この人はいない。そんな当たり前のことが今更胸を突く。

「きっと私の世界に九郎さんみたいな一途で綺麗な生き方の人はいません。それだけで私からすればこの世界はすごいと思います。感謝したくなります」

 一息に言い切って、ようやく九郎を見ると顔が真っ赤になっている。
 
「ば……ばか、からかうな。おだてても何もやらんぞ」
「いいですよ、もう十分もらってますから。絶対一緒に行きましょうね、大陸まで」
「……お前は大陸まで行ったら、それで終わりのつもりか」
「え?」

 その科白の何が気に障ったのか、まだ赤い顔のままの九郎に腕を掴まれた。

「考えてみれば先の話をしたこともなかった。お前が元の世界に戻るのか、この世界に残るのか。
 だが俺はお前がこれからもずっと一緒にいるものだと疑ったことがない。それで間違っていないんだろう?」

 生まれ育った世界をよく知らない。改まって先の話したこともない。
 それでもずっと相手が傍にいるものだと思っている。傍にいてほしいと思っている。いつの間にかそれだけの存在になっていた。
 

「お前は俺の許嫁だからな。離さないぞ」


 それは望美の方こそ、望むところだった。



  九望はかなり好きです。
  無印の方が王道で盛り上がった気もしますが、十六夜EDもなかなか。




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