泥濘(ぬかるみ) (友雅×あかね)


 先導の女房に続いて部屋へ入ると、御簾の内側から楽しげな声が聞こえてきた。

「姫君方は絵巻物に夢中のようだね」
「『落窪姫』ですわ。友雅殿もご存知でしょう?」

 御簾の内側に身を滑らせ、友雅も姫君たちと一緒に絵巻物を覗き込む。
 ちょうどそこは男君が雨の中、泥に汚れ、盗人に間違えられながらも女君の元へと向かう一場面。
 そういえば以前の通いどころでもこの場面について話をしたことがある。
 その折、恋人は「自分のためにここまでして通ってくれる男君に惹かれる」と言っていた。

「昔はこの男君の気持ちがわからなかったものだが……」

 あなたのために雨を厭わず参りました、という態を装った駆け引きならば出来るかもしれない。
 だが駆け引きではなく自分が会いたいがために、誰か一人の女人のためにという、そんな心持ちを知らない。
 先ごろまでそう思っていたのだけれど。

 友雅の呟きをあかねが聞き止めて首をかしげた。

「今は違うってことですか?」
「そのようだよ」

 他人事のように嘯きながら。
 自分をそうさせた自覚のない少女の傍らに友雅は寄り添った。



  このタイトルからは落窪物語しか出てきませんでした。
  誰かの為に必死になることを思い出しつつ、まだちょっと認めたくない感じの友雅さん。




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