忍人BAD後設定
求めるものは (忍人×千尋)
千尋の即位からしばらく経ち、初めてそれが正式に議題へ登った。
そう難しい話ではない。
「王のご高配を葛城と大伴のどちらにするか」
すなわち葛城忍人と大伴道臣のどちらを千尋の結婚相手にするかということだ。
重臣たちが順番に忍人か、道臣かと発言していき、狭井君の番になる。狭井君が推したのは葛城忍人だった。
ここまではどちらかというと道臣を推す者たちが多い。
その根拠としては、端的に言えば道臣の方が穏やかだからということ。
道臣ならば一歩引いたところから千尋を立ててくれるだろう。
「狭井君、そなたは大伴を選ぶと思っておったが」
「ええ、私も常ならば大伴を選んでおりましたよ。ですが違う面からも考えたいと思いまして」
と、勿体ぶって周囲をぐるりと見渡す。皆が釣り込まれたようにその顔を見た。
「夫婦仲が良すぎても、ご高配が権力を持つことになりますものね」
千尋が、道臣がどうというわけではない。そう前置きをして狭井君は続けた。
「愛妃の実家へ特権を与えたがる王は、古来数知れず。勿論王はそんな方ではありませんし、道臣殿もそのようなことはお諌めされるでしょう。でも、その恐れは否めません」
「だがそれは葛城将軍でも同じことでは?」
「いいえ。道臣殿は心から王を敬愛しているご様子ですが、葛城将軍はそこまでではないようですから」
「つまり、それは……」
王を好いていない方が好都合ということか、とはさすがに皆が言いよどんだ。
「ええ。葛城将軍は中つ国の将軍としての立場を第一にした身の処し方をなさるでしょう」
心がないから、立場を超えた交わりをする心配がないと。
そうすれば葛城・大伴をはじめとする豪族たちの力関係は、変わらず今のまま保てるだろう。
狭井君の言葉は重臣たちの心を捉えたようだった。
狭井君が大事な話があると人払いをしたことで、千尋はある程度内容を察した。
即位前後の慌しさが落ち着いた今、次に周囲が考えることなどひとつしかない。
自分の立場を思えば当然だったし、想っていた相手と心が離れてしまった今、誰でもいい、どうでもいいと、もはや自棄のような気持ちだった。
「王のご高配についてご相談に参りました」
「そう。狭井君のことだから、相手ももう大体決めてあるんでしょう?」
「ええ。中つ国再興にも尽力のあった古豪から選ぶのが宜しいかと。葛城か中臣はいかがでしょう?」
葛城。
その言葉に心が震えた。
「い、いかがって。私が選んでもいいの?狭井君が決めるものだと思ったのに」
そんな都合のいい話なんかない。期待してはいけないと必死で自分に言い聞かせる。
第一、葛城といってもあの人とは――葛城忍人とは限らないのだから。
だが、そんな千尋の様子に気づいた様子もなく、狭井君は頷いた。
「王のお心も聞かずに決められませんもの。歳の頃から言えば葛城忍人がよろしいでしょう」
「忍人、さん……」
「いかがですか?葛城将軍なら王も人柄をよくご存知でしょうし、気心も知れているのでは」
「それはそうだけど」
喜びから一瞬、後ろめたさと躊躇いが千尋の心を埋め尽くす。
あの人をそんな形で手に入れてもいいのだろうか。
離れた場所から時折姿を眺めるだけでよかった。それが、今願えばその人と隣で一緒に生きていけるという、途方もない夢を投げられて戸惑う。
忍人は刀という名の誇りを捨てさせた自分を憎んでいるだろう――――。
逡巡する千尋を眺めながら、狭井君が口を開く。
「実は葛城将軍にも密かにお心を聞いてきたのです」
「え?」
「”それが中つ国のためになるなら”とおっしゃっていましたよ」
「………………」
「葛城将軍ならきっと、ご結婚後もお立場を忘れることなく、忠実な臣下として王を支えてくださるでしょう」
「そう、だね……」
立場を忘れることなく、臣下として――狭井君の言葉が千尋を抉る。
それが中つ国のためになるなら、喜んで。
それが中つ国のためになるなら、仕方がない。
どちらの言葉が省略されているのか、考えなくてもわかった。
忍人の思いを踏みにじってまで生を与えたのは千尋だ。
その生をまた、君は中つ国のために召し上げるというのか、という忍人の批難が聞こえたような気がする。
そして千尋は悟る。狭井君は釘を刺しに来たのだ。
千尋の願いのためではなく、本当に中つ国のためにだけ、この相手を選んだのだと。だから、千尋にも妙な期待はせぬように、と。
「覚悟はおありですか?」
道臣が相手ならば、時を経たいつか、穏やかに愛し合う夫婦になれるかもしれない。もしかするとすべてを忘れて愛することだってあるだろう。
けれど忍人との間にそんな未来はやってこないと千尋にはわかる。続けば続くほど、お互いが不幸になるだけの政略結婚。
よくわからないが、道臣より忍人が良いと狭井君が考えるのは、そこの違いなのだろう。
王は幸せになってはいけないのだな、と思う。
そこに誰を道連れにするかだけ、親切めかして選ばせてくれるなんて。そんなこと聞かなくてもわかっているだろうに。
「……葛城将軍に、する」
覚悟など、なかった。
あったのはただ、そんな形でもいいから手に入れたいという、一瞬の衝動。
心が手に入らなくてもいい。
千尋の心だって、忍人に縛られてどこにも行けなくて、凍りついてしまっている。冷え切ったきっとお似合いの夫婦になるだろう。
忍人に求めるものは、なんだったのだろう。
生きてさえいてくれればと思ったはずなのに、こうして機会があれば傍にと思ってしまうなんて。
でも幸せになれないのなら、やっぱり忍人がいい。傷つけあうのも、忍人しか考えられない。
我ながら歪んでいる。その歪みが続けばどうなってしまうのかと、千尋はぼんやり考えた。
またまた長くなりました。風早ルートでの「王のご高配には葛城か大伴がふさわしい」発言×忍人BADの融合です。
正直、ここから幸せになる二人は想像できないので、続かないと思います。
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