涙 (弁慶+朔)
夜半密かに望美に呼ばれた。
訪れてみると、同室の朔が疲れ果てたように眠っている。
「望美さん、これは一体……」
「あの、朔は黒龍を本当に大事に思っていたみたいなんです」
薄々感じていた平家の力の源。
平家を追い詰める中で、近づきつつある真実に朔の不安がどんどん増しているのだという。
(なるほど、朔殿……君はそうだったのですか)
「心を落ち着かせる薬湯です。目覚めてまだ必要だと思ったら、これを飲ませてください」
「ありがとうございます、弁慶さん」
「いえ、気付けなかった僕も迂闊でしたから」
「弁慶さんのせいじゃありません。朔も気づかれないよう必死だったんです」
「……ありがとうございます」
望美はおそらく、弁慶が薬師として気付けなかったことに憤っていると思ったのだろう。
その気遣いに感謝しながら、違う、と心中で唱える。
黒龍の力を清盛に与えたことで、多くの人を傷つけ、悲しませたことが自分の罪だと思っていた。
だがここに、黒龍自身を大切に思う人がいたことに気づかなかった。
今の今までその可能性を見逃してきたなんて。
(罪がまた深まったようだ……)
部屋を出てすぐ、堪えきれずに口元を押さえる。
「自覚している以上、ですか」
自分の罪深さは知っていたつもりでも、まだ足りなかった。
急がなければならない。
黒龍の逆鱗を取り戻し、すべてを終わらせなければならない。
それが償いにならないとわかっていても、それしかないのだ。
「必ず終わらせると約束します。それがどんな形であろうと」
涙の跡が残っていた朔の頬を胸に刻みつけた。
弁慶さんは黒龍と朔のことを知っていたのだろうかと。
知ったらどうするつもりだったのだろうかと。
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