+桜の下で・・・+
桜の花が咲く時期、時間も忘れて花を眺めることが習慣のようになっていた。
満開の桜と散っている桜吹雪と、どちらの表情にも魅了される。
桜の木を見上げて何も考えずにいるだけで時間はどんどん過ぎてゆく。
その間だけは常に頭のどこかにひっかかっている守護聖の時の流れについて忘れられそうで、心地よかった。
今日も花を見上げていると、オリヴィエが足取りも軽くやってきた。
「ルヴァ。また桜を見てたんだね」
「そうなんですよ、毎年毎年、飽きずに眺めてしまうんですよ」
「花守り……って言葉あったっけ?」
ルヴァを見ているとそんな言葉が浮かんだ、とオリヴィエは言った。
「花守りですか、ありますよ。字の通り『花を守る人』、花の番人です」
「ふーん、やっぱりあんたみたいだね。『大地』の守護聖にはお似合いじゃない、やってみれば?」
「そうですねぇ、一生桜の番をして生きるっていうのも悪くありませんね」
本気で言っている様子のルヴァに、さすがのオリヴィエも呆れてしまった。
日ごろから歳に似合わぬ落ち着き振りではあったが、さすがにこれではご老体だ。
「あんたね、今からそんな年寄りみたいなこと言っててどうるすんの。だからゼフェルにおっさん呼ばわりされんのよ」
「あ、いえ、今すぐ花守りになる気はありませんけどね」
ルヴァはオリヴィエから視線を外し、桜の木の方へ向けた。
「オリヴィエ、花は季節がくれば何度でも咲くんですよ。木の寿命は人間なんて比じゃありません。 花が咲く限り、この花は私たちの事を覚えていてくれるような気がしませんか?」
人に流れる時が止まってしまえば、記憶も感傷も何もかもが風化してしまう。
それでも花はそこに生きている限り、見守り、見守られてきた人間の事を懐かしんでくれる。
ルヴァはそのように思えるのだと言う。
「……そうかもね」
同じように桜の木を眺めながらオリヴィエは相槌をうった。
たぶんオリヴィエも今、同じことを考えているのだろう。この聖地は時の流れから隔絶された場所であるということを。
やがて、沈黙を破ったのはオリヴィエの問いかけだった。
「満開の桜と、散っていく桜と。どっちが好き?」
「どちらも好きですよ。けれど、散っていく桜は儚いですね」
「儚いから惹かれるのかもしれないね。その儚さに共感できる部分があんたの中にあるんだよ」
「あなたの中にもあるんじゃないですか、オリヴィエ?」
「まあ、否定はしないよ」
誰であろうと、時の流れについて考えない人はいないに違いない。
それが守護聖になると、少し考える量が増えてしまうだけのことだ。
「あーあ、私とした事がしんみりしちゃってね」
柄じゃないよと、オリヴィエは長い髪をかき上げる。
「これ以上外にいたらお肌が焼けちゃう!紫外線は敵なんだから!!」
照れくさいのか、オリヴィエは早口で言いわけをすると慌しく帰ってしまった。
去っていくオリヴィエの後姿を眺めながら、ルヴァは桜の幹にそっと触れた。
「思い出がまた1つ増えましたね。桜を見れば今日のオリヴィエの、滅多に見せない素直な表情を思い出せそうですよ」
散る桜の儚さに惹かれるのは、共感できる部分があるからだとオリヴィエは言った。
ルヴァの記憶の中の儚さに重なっているのは、聖地を去って行く守護聖の背中。
何度も眺めた、一人で歩いて行く彼らの後姿。
守護聖やサクリアという、崇められている存在の意味。
そして、衰退してゆく我がサクリアを思う。
「……私が去って、私のことを知っている人がいなくなってしまっても、あなたは覚えていてくださいね」
その桜の木が記憶しているのは、ずっと花を見てくれた青年の別れの言葉。
「あなたの花守りになりたかったけれど、無理でしたね」
ルヴァにすれば十数年の長い時間、木の寿命からすれば僅かな時間を思い出として、彼は聖地を去った。
5年ほど前に書いたものです。
守護聖や聖地の時間の流れについては、考え出すと止まりません。一体どうなっているのか……。
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