+つながりの声+




 大阪城下のにぎわいは活気があり、悪いものではない。
 しかしそこここに溢れる音に、九州の響きが混じっていないのがどこか物足りなく感じる。

「豊久、島津は田舎者かのう」
「そんなことはありません、伯父上」
「だがこの訛りに振り返る輩が多いぞ。くだらぬな」

 人々は単に振り返るだけでなく、その眼差しはどこか冷たかった。
 言葉のせいなのか南蛮風の鎧のせいなのかはわからないが、まとわりつく視線が鬱陶しいことこの上ない。
 大声でチェストーと叫んだら散らせるだろうかと義弘が考えていると、背後で舌打ちとともに声がした。

「まことに、くだらぬ」

 自分とはまた少し違うが同じ九州の響き。
 足りなかった音を埋めたのは、嫌と言うほど自分を恨みつっかかってくる立花家の女当主だ。
 関わらずにおこうかと思ったが、自分が無視をしても血気盛んな甥が相手をしてしまうだろうと、諦めて義弘は振り返った。
 
「立花のお嬢。このようなところで会うとは、待ち伏せておったか?」
「ふざけたことを。立花はそのような卑怯な真似はせぬぞ――往来で事を起こすつもりもない、収めろ」

 ァ千代は刀に手をやった豊久を一瞥する。
 
「…………っ」

 そこにはいつもの尖った様子はなく、豊久は気勢を削がれて大人しく手を放した。
 どうしましょう、というように見上げてくる甥を制して義弘は一歩前に出る。
 
「さて、立花の女当主は滅多に城下に降りぬと聞いていたが、珍しいな」
「九州の品を扱う店があると聞いたのでな。貴様達もそこへ行くのか?良い品が揃っていたぞ」

 そう言うわりにァ千代は手ぶらだ。荷を届けさせただけのことかもしれないが、なんとなく気になった。

「……なんだ」 
「いや、ずいぶんと親切なことだ。痛み入る」
「それで立花、真の用件は何だ。貴様が我らに声をかけるなど他に魂胆がありそうだな」
「やめんか豊久、有益な情報は素直にもらっておけ」
「ですが伯父上」
「無理に事を起こすこともあるまい。刃を交わすのは戦場のみよ」
「我らがそのつもりでも、向こうがそうとは限りません」

 確かに普段のァ千代は顔を合わせても無視するかつっかかってくるかのどちらかだ。
 好意的とはいかずとも剣呑な眼差しもなく話しかけてくるのは珍しく、豊久でなくとも怪訝に思うのは当然だろう。
 現に義弘もいつも彼女らしくないとは思っているものの、心配するような筋合いではないから聞かずにいるだけのことだ。
 
 そうした伯父甥のやりとりを黙って聞いていたァ千代は、ぽつりと言った。

「やはり、いいな」

 言い合いをしていた二人は呟きを聞き逃したが、踵を返して立ち去ろうとしたァ千代に慌てて豊久が声をかける。

「ま、待て立花。本当にそれだけなのか」
「それだけだ。地理に明るくない城下で出くわしては、私とて心構えができぬ」
「ほう、なんとも未熟よな」

 義弘に揶揄されァ千代は睨みつけたが、反論はしない。
 
「……未熟だ。そうでなくば貴様に声などかけぬ」
「また随分と弱気なことだ。その店で何があった」
「何もない。一番欲しいものがあっただけだ」
「一番欲しいもの、か」
「どうせ貴様は酒だろうが、商人が扱うのは品だけとは限らぬ」

 そう言い置くとァ千代は早足で去った。
 残された義弘はァ千代の不可解な行動に考えこんだが、はたと思い当たる。

「なるほど、そういうことか」

 つい先ほど義弘自身も感じた音の不在、彼女はそれを埋めに来たのかもしれない。
 九州の品を扱う商人とやらは、九州の言葉を操るのかもしれない。
 自分たちに声をかけたのは、故郷の言葉に触れたかったからかもしれない。
 すべては想像だが外れているとは思わなかった。
 島津家では薩摩から連れてきた者たちの多くが、自分たちの訛りを恥じて言葉数が少なくなりつつある。
 立花家でも同じことが起きていても不思議ではない。

「伯父上、どうなさいました?」
「いや、行くぞ」

 いつまでも立ち止まっている伯父に豊久はすっかり焦れてしまったらしい。
 その声にようやく義弘は歩き出したが、すぐに辻を右に折れた。 

「あれ、店には行かぬのですか」
「特に欲しいものもないのでな。それにわしやそなたが入り浸るようになれば、あの小娘が嫌がるだろうよ」
「伯父上が故郷の酒など求められると思いましたのに」
「なに、また今度で構わぬよ。今日のところは帰るとしよう」

 立花などに気兼ねせずとも、と豊久はぶつぶつ言っているようだったが、義弘は相手にせず歩き出す。

「さてさて、かわいらしいところもあるものだ」

 あの女当主にも言葉一つが堪えるような脆いところがあるとは思わなかった。
 故郷から遙か遠い大坂で、せめてもの居場所くらい譲ってやっても構わないだろう。





 戦国無双では、この二人に萌えました。恋愛ではなく、友情でもなく……なんでしょうね。
 義弘があと30歳若ければ、本気でカプ小説量産に入ったかもしれません。
 何かとつっかかってくる小娘ァ千代を、大人の余裕であしらってる義弘さん希望ですw


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