+綿の癒しに+




「なんだ、まだ残っていたのか」
「きゃっ」

 手塚の声に、静がびくっと飛び上がった。
 誰もいない会議室、よほど集中していたらしい驚きように、声をかけた手塚までつられてぎくりとする。

「――手塚先輩でしたか。びっくりした」
「すまない、驚かせたようだな。だがこんな時間まで何をしているんだ?」
「えっと、模擬店のメニューを考えていたら夢中になってしまったみたいです」

 そう言うと窓に目を向け、静は「あ」と小さく声を上げた。

「夏とはいえ、さすがに真っ暗ですね」

 彼女が言うとおりもう外は闇が落ちて、窓ガラスが鏡のように室内を映し返している。
 こんな時間まで静を煩わせる内容について、手塚も心当たりがあった。嫌と言うほど。

「喫茶店のメニューか……」

 味に難がありすぎる乾の特製ドリンク、激辛好きの不二が作る軽食。とても一般受けする物が出来上がるとは思わない。
 自分が綿菓子に回ったせいでこの運営委員に迷惑をかけているだろうと、手塚はひそかに憂慮していたのだが、どうやらそれが現実になっているようだ。

「すまないな、あの面子ではお前も苦労するだろう」
「あ、いえそんなことは」

 あははと明るく静は笑うが、否定するまでに少し間があった。
 それが本心の一端を物語っていると考えて間違いはないだろう。まったくもって申し訳ないことだ。
 手塚の内心での詫びも知らず、静は綿菓子チームの日程表を取り出した。

「先輩こそ綿菓子の方はどうですか。今日は様子を見に行けなかったので気になっていたんです。報告、今聞かせてもらっていいですか」
「ああ、こちらは順調だ。明日も一度、ザラメを使って練習することになっている」
「良かったです、安心しました」

 日程にも余裕がある。綿菓子チームの順調を確認した静ふわりと微笑んだ。
 それはいつも通り――この一週間ですっかり見慣れてしまった笑みのようではあったけれど、手塚はそこにかすかな疲れを見て取った。

「広瀬、疲れているようだが大丈夫か」
「え、そうですか?ちゃんと水分も休憩も取っていますよ」
「だが無茶は禁物だ。夏場は何かと消耗するものだから、熱中症にさえならなければいいというものではない」
「はい。もうこんな時間ですし、メニューもだいたい決まったので帰ることにします」

 もう一度窓の外を見て静はため息をついた。ルーズリーフとプリントを手早く片付け、戸口に向かう。

「そういえば先輩、何かご用だったんじゃないですか?わざわざ会議室までいらっしゃるなんて」
「いや、電気が点いていたから消し忘れかと思っただけだ。俺ももう帰る」
「すみません、お手数をかけてしまって」
「いや……」

 戸締りを確認している小さな肩を手塚は見下ろした。
 疲れていないはずがない。アクの強い連中を上手く操縦してこれまでやってくれている。穏やかな見掛けと違って芯が相当強い少女だ。
 疲労回復にはまず休息と適切な食事、それから甘いもの――ふと明日の予定を思い出す。

「広瀬。明日の午後2時頃、綿菓子の試作を見に来てくれないか」
「はい、何か準備するものはありますか?」
「いや、試作品の綿菓子を食べてもらえるとありがたい。どうも俺は甘いものは苦手でな」

 わかりましたと静は頷く。そして、綿菓子なんて久しぶりに食べますと、嬉しそうに笑う。
 その一つ一つの表情に引き込まれる自分を、手塚は正しく自覚していた。

「甘いものは疲労回復にもいいからな。好きなだけ食べてくれ」

 これが精一杯の気遣いだ。すいと視線をそらして手塚は先に立って歩き出す。

「あの、ありがとうございます」
「いや……」
「明日が楽しみです」
「ああ」


 そんなこんなを話し、駅までの時間はあっという間だった。




 どの学校のヒロインもそれなりに大変そうですが、個人的には青学の喫茶店がきついと思いましてw
 駅までの徒歩何分かが、どのキャラもみんな「あっという間」な楽しい時間のようです。
 いいなあ、青春(何)



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