+白昼錯覚+




「…暑い。」
ゆっくりと覚醒していく意識の中で、彼が最初に思ったのはこの言葉だった。
次にじりじりと肌が焼けているのを感じて、ああそうか、今は夏だったかと思う。
横になった姿勢のまま、彼は視覚が完全に開けるのを待った。

そしてゆらゆらと揺れる陽炎の中、最初に目に映ったものに唖然となった。
目の前には人の顔ほどの大きさを持つ立派な向日葵が天に向かってスッと伸びていた。
それも一本ではなく、把握できないほど多数の。
「…ここは…」
驚きで頭を起こそうとしたとき、激しい頭痛が彼を襲った。
真夏の炎天下の中眠っていたのだ。当然の結果である。
あまりの痛みに起きることを断念して、しかし痛みの中二つの疑問だけはずっと頭
の中を回った。

ここは何処だ。何故私はここにいる。

思い出そうと必死に記憶を探ってみるが、暑さと頭痛のせいでなかなか思い出すこ
とが出来ない。
夢遊病かとも思ったが、鎧を着込んでいるのでその推測は消した。
しばらく考えたが結局思い出すことが出来ず、頭痛が引いた後また考え直そうと再
び彼が目を閉じた、その時だった。
閉じた眼の上から、向日葵以外の影が被さった。
驚いてほぼ反射的に開いた彼の目の先には、少女が一人、彼を見下す形で立っていた。
「こんな真っ昼間から寝ているだなんて、随分と良いご身分ね、趙子龍殿。」
「…尚香様。」
呆れと皮肉を交えたような口振りで話す少女の名を、これもまた驚きにより彼、趙
雲は発した。喉が酷く渇いていたので、その声は掠れていた。
それに少し不信感を抱いたのだろう。尚香は先の態度と一変、驚いた様子になって
趙雲に話しかけた。
「ちょっと、随分変な声よ。どうかしたの?」
「頭痛がしまして…」
「莫迦ね、こんな所で寝ているからよ。今水を持ってくるわ。近くに河があるから。」
言うなり、尚香は向日葵の中を駆けていった。
黄色い花の中で、彼女が着ている赤い服はとてもよく映えた。
その後ろ姿を、趙雲はおぼろげに見つめる。
似ていると、ぼうっとした意識の中で思った。
「…何を考えているんだ、私は。」

人が花に似るはずがない。

手の甲を額に載せ、彼は大きく息を吐いた。


しばらくして、向日葵の中から、尚香が戻ってきた。
右手には細長い水飲み用の小さな竹筒を、左手にはたっぷりと水が入った大きな取
っ手の付いた桶を。
尚香は竹筒のほうだけを趙雲に手渡した。
何とか体を起こして、彼はそれを受け取る。
「はい、これ。」
「かたじけない。いただきます。」
竹筒に入った水を、趙雲は一気に飲み干した。
喉の渇きは勿論、頭痛もある程度は引いていった。
一息ついて、そこでふと趙雲は尚香の持っているもう一つの水に疑問を持った。
「ところで、もう一つの水は何に…」
趙雲が聞きかけた時だった

ザバアァ

その水は、彼の頭上から勢いよく被せられた。
あまりにも突然の事に、しばらく趙雲は呆然とした。
眼前には、逆さまの桶を持ったまま、にやにやと笑う尚香。
「―――何なさるんですか!?」
やっと我に返った趙雲は、すぐさま食って掛かったが、
「目、覚めたでしょ。」
尚香を見て、ハッとなった。

太陽の光を受け、キラキラと黄金色に輝く向日葵。
そしてその向日葵を背に、まるで光が具現化したような笑顔の尚香。


思い出した。すべてを。



「さ、子龍も河へ行きましょう。冷たくて気持ちが良いわよ。」
そう言って尚香は趙雲の手をぐいぐいと引っ張る。
頭から水を被せられ、頭痛もすべて消えた趙雲は、その手に引かれ起立した。
「…ところで何で、あんな木陰もないような所で寝ていたのよ。私はたまたま向日
葵を見に来ていたのだけれど。」
「城内より城外のほうが涼しいと思いまして、ふらふらしながら歩いていたら此処
に着いたのですよ。」
「…どうしてここ?」
風が少し吹いた。
向日葵が揺れ、尚香の髪も微かに揺れる。

「…貴女だと錯覚したのでしょうね。」


穏やかに趙雲は言った。
何よそれ、と笑う彼女は、まるで向日葵のようだった。




フリー配布とのことで、嬉々として拉致って参りました。もう理想の趙雲×尚香ですv
いつもより少し弱めな趙雲も素敵ですね。向日葵みたいな尚香も可愛いですv